広告における「扇動」の力|ゲッベルスが遺した“人を動かす技術”と現代マーケティングの倫理
※本記事では、歴史上の出来事および人物(ヨーゼフ・ゲッベルス、アドルフ・ヒトラーなど)を、学術的・教育的な観点から取り上げています。いかなる政治的立場や思想を支持・肯定するものではありません。本稿の目的は、人の心を動かす「情報伝達と感情設計の構造」を理解し、現代マーケティングに活かすための分析です。
序章:人を動かすことの光と影
広告とは、突き詰めれば「人を動かす行為」です。見てもらうだけでは意味がなく、心を動かし、行動に変えることが目的。
その意味で、広告と「扇動」は表裏一体です。
ナチスの宣伝大臣ヨーゼフ・ゲッベルスが築いたプロパガンダ技術は、政治目的に悪用されたものでありながら、 「人を動かす心理構造」を最も明確に言語化した事例でもあります。
彼の手法を理解することは、ファシズムを肯定するためではなく、 感情操作の構造を見抜き、現代の広告にどう応用すべきかを考えるためです。
第一章 「宣伝の天才」に学ぶ、潜在意識へのアプローチ
ゲッベルスは言いました。「大衆の理解力は小さいが、忘却力は大きい。」 この一言に、彼の宣伝哲学のすべてが詰まっています。つまり――人は論理ではなく、感情で動き、繰り返しで覚える。
株式会社ビオスのコラムでは、彼の手法を次のように整理しています。
- 宣伝は「宣伝」と気づかれてはいけない。
- 大衆の感情に寄り添い、娯楽の中で意図を潜ませる。
- 内容は一点に絞り、スローガンのように繰り返す。
この構造は、現代の広告にも通じます。CM、SNS投稿、ポスターなど、一見「情報発信」に見えても、 実際は潜在意識への語りかけなのです。
第二章 情報の「量」ではなく「記憶に残る一点」
ゲッベルスは、無数のメッセージをばらまくのではなく、 ひとつの言葉を徹底的に繰り返すことで印象を焼き付けました。
「一つの民族、一つの国家、一人の指導者」――このスローガンの強さは、短く、単純で、繰り返されることにありました。
BIOSコラムの中で紹介されていたように、広告も「あれも言いたい、これも伝えたい」と詰め込みすぎるより、 一つの訴求を豪快に何度も見せた方が、圧倒的に記憶に残る。 これは、ゲッベルスの手法を倫理的に転用した「広告の集中原則」と言えます。
第三章 「楽しませながら誘導する」ことの力
ゲッベルスは娯楽の中に政治を、現代の広告はエンタメの中に購買を仕掛けます。
彼は当時流行していた映画の中に、自然な形で思想を埋め込みました。観客は楽しみながらも、気づかぬうちに価値観を刷り込まれていく。
現代ではこれが「コンテンツマーケティング」や「インフルエンサー戦略」として展開されています。
情報は“押しつけられるもの”から、“楽しみながら浸透するもの”へ。 そこに、人を動かす扇動の現代的な形があるのです。
第四章 ヒトラーとゲッベルスが示した「プロパガンダの倫理境界」
大阪大学の文化人類学者・池田光穂氏は、ゲッベルスを「模倣の知性(mimetic faculty)」の象徴として分析しています。
彼は知性をもってして“愚劣を模倣し得た”人物だった。つまり、理性と冷静さを保ったまま、人々の激情を設計したのです。
> 「宣伝の目的は、人を面白がらせることではなく、結果を生むことである。」
―ゲッベルス『日記』より
この思想を現代に転用するなら、 「結果」だけを追い、倫理を置き去りにする広告はプロパガンダと同質になりうるという警告になります。
第五章 「愛ある扇動」こそが広告の到達点
人を動かす技術は、使い方によって善にも悪にもなります。
| 扇動の方向 | 結果 |
|---|---|
| 恐怖・排除 | 支配と分断 |
| 希望・共感 | 信頼とファン形成 |
広告は、潜在意識に語りかける「力」を持つ以上、 その矢印の向きをどう定めるかが、作り手の倫理です。
同じ「繰り返し」「印象づけ」「感情訴求」であっても、それが“恐怖”に使われれば支配に、“愛”に使われれば共感になります。
マーケティングとは、愛ある扇動の技術。 その本質を理解することが、真のクリエイティブに求められる責任です。
第六章 ECサイトで活用する方法
私はECサイトを運用しているので、本記事ではECサイトを事例に挙げます。ECサイトでも、扇動の構造は効果的に応用できます。 特に、ユーザーの感情を設計し「自然に買いたくなる流れ」をつくることが重要です。
1. キャッチコピーは“たった一言”に絞る
商品説明の最初に「長い説明」ではなく、「記憶に残る一言」を配置します。 例:「静かさにこだわるなら、これ一択。」 ゲッベルスが繰り返し使った短いスローガンのように、印象を一点集中させましょう。
2. 繰り返し表示される安心設計
ECサイトでは、ページ内の複数箇所で「安心」「品質」「保証」などのキーワードを繰り返し提示します。 人は繰り返し見ることで信頼を感じるため、トップ・中間・フッターで同一フレーズを再表示するのが効果的です。
3. ストーリーで「共感」を誘う
製品の背景や開発者の想いを「物語」として語ると、ユーザーの感情が動きやすくなります。 理屈ではなく“共感”によって購買が起こるため、動画・写真・レビューなどの感情的コンテンツを配置すると効果的です。
4. 見るだけで感情が動くビジュアル設計
ゲッベルスが演説で「視覚と音」を融合させたように、ECでは視覚設計が鍵です。 写真やベクター画像に“動き”や“光”を感じるデザインを加えると、感情を刺激し、購入意欲を高めます。
5. 「愛ある扇動」としてのブランディング
扇動を恐れず、ユーザーの幸せを目的に据えたメッセージ設計を行いましょう。 例えば「あなたの作業をもっと静かに」「あなたの時間を守る一台」など、 共感と信頼をベースにした“優しい誘導”が、ブランドの価値を高めます。
結論:扇動を恐れず、理解し、超える
「広告」と「扇動」の線引きは、常に曖昧です。 しかし、両者の違いはたったひとつ――自由意思を尊重するかどうか。
人を動かすための技術を知り、その構造を透明化し、 人が“自ら進んで共感し、選ぶ”方向に使うなら、それは洗脳ではなく文化です。 ゲッベルスが遺した「大衆心理の構造」を超えて、私たちは“共感で人を動かす”時代に生きています。
出典・参考資料
- BIOS 総合広告会社コラム「宣伝の天才に学ぶ」:https://www.bios-co.jp/column/
- 池田光穂「ゲッベルスの宣伝術について ― On Joseph Goebbels’ Propaganda Art」(大阪大学文化人類学研究室)
- 『第三帝国と宣伝―ゲッベルスの生涯―』(ロジャー・マンヴェル、ハインリヒ・フレンケル著)

